2017年7月30日日曜日

タイラー・ザ・クリエイター『Flower Boy』〜フラワー・ボーイは依然ローン・ウルフなり



 あのタイラー・ザ・クリエイターが真っ当に病んでいる。“真っ当に”病んでいる、とは奇妙に聞こえるかもしれないが如何に。裏を返せば、これまでのタイラーは“異常に”病んでいたと言えるだろう。
 タイラーの過去作は、彼の頭の中に巣食う複数のオルターエゴが入り乱れる、病んだ(という設定の)作品だった。処女作『Bastard』(09年)とメジャーデビュー作『Goblin』(11年)では、頭の中の囁き声に悩まされるタイラーが、精神科医ドクター・TCのカウンセリングを受けるという設定で物語が展開された。囁き声の正体は、ウルフ・ヘイリー、トロン・キャット、エース・ザ・クリエイターといったタイラーのオルターエゴたち。M・ナイト・シャマラン監督作『スプリット』(17年)の如く、タイラーと別人格たちのスリリングなせめぎ合いが繰り広げられた。そうした多重人格的なストーリーテリングの手法は、続く『Wolf』(13年)にも引き継がれる。『Wolf』の舞台は、キャンプ・フログ・ノーと呼ばれる寄宿学校。ウルフ(タイラー)は前二作品で見られた奇行が原因で、この寄宿学校に送られたのだった。物語は、いじめ被害の末に銃乱射事件を引き起こした乱暴者のサム、サムの恋人セイラム、そしてウルフの恋の三角関係を描く。ところが、5thアルバム『Flower Boy』(17年)に至ってタイラーはこう言っている「存在しないひとについて曲を書くのは、いんちきだ」。

『Flower Boy』でも、タイラーは病んでいる。しかし症状が『Bastard』や『Goblin』のときとは異なる。その症状は、アルバムの一曲目「Foreword」から早くも顕著だ。この曲の歌い出しは、タイラーの趣味であるドライブについて歌われるのだが、前作『Cherry Bomb』(15年)に収録された「2SEATER」での快走ぶりとは打って変わって、楽しげな様子は微塵もない。溺死や衝突事故に思いを巡らし、漠然と不安に駆られる、鬱病的な様子がうかがい知れる。こうしたタイラーの沈鬱な気分は「911/Mr. Lonely」で最底辺へと落ち込む。車を何台所有したところで、助手席に座ってくれる人のいない“ミスター・ロンリー”こと、タイラーは孤独に陥っている。傍目には、いつも大勢の仲間に囲まれ、ワイワイ、ガヤガヤと楽しく過ごしていそうに見えるタイラーだが、それは見せかけで、心のうちは死ぬほど孤独だという("the loudest in the room is prolly the loneliest one in the room")。かつての分裂症的な、異常な病み方こそ見られないが、いまのタイラーは孤独という病に罹っているように見受けられる。


Tyler, The Creator - "911/Mr. Lonely"

 ただし、初期作品を振り返れば、タイラーが孤独に苛むのは、今に始まった事ではない。

 タイラーが分裂症的な表現手法を用いたのには、父の不在という生い立ちがトラウマとなって大きな影を落としている。『Bastard』の主題が父の不在であることは、そのタイトル「私生児」からも一目瞭然だ。『Bastard』作中では、タイラーを捨てた父のことを口汚く罵る、恨みつらみの言葉が随所で吐き出されるが、それはそんな父を憎んでいる一方で、思慕する気持ちの裏返しともとれる。そのことは、後年タイラーが発表する、父の愛情を渇望する赤裸々な気持ちを綴った「Answer」を聴けばわかる通り。タイラーは父の声を聞きたくて呼出音を鳴らし続けるが、応答はない。
 電話という舞台装置、そして届かぬ一方通行の想いというモチーフは『Flower Boy』でも反復される。「November」と続く「Glitter」の二曲では、恋心を歌詞にしたためて、留守番電話に吹き込み告白をするも、電波環境が悪く、その想いはやはり相手に届かない。
 再び過去作に目を向けてみれば、プロムの誘いを断られた逆恨みから、拉致、監禁という凶行におよぶ「Sarah」、デートに誘い出して死姦を夢想する「She」といった曲も、猟奇性ばかりが注目されがちであるが、それら奇行の根底にも、常に片想い*1がある。

Tyler, The Creator - "She"

 このように、タイラーはこれまでずっと一貫して、片想いや孤独について歌ってきた。それら一方通行の想いについて歌った多くの楽曲とは対照的に、互いに惹かれあい、両思いの恋人になれるにも関わらず、年の差を理由に、わざわざ彼女の求愛を拒絶する「FUCKING YOUNG」という曲まであるぐらいで、タイラーの抱える孤独はどうしようもなく深い。まさしく別人格のその名が示す通り、一匹狼(ローン・ウルフ)というわけである。
「存在しないひとについて曲を書くのは、いんちき」と虚構を否定するようなことを言いながら、「Who Dat Boy」のミュージックビデオでは、“95年のレオナルド・ディカプリオ”と呼ばれる、おそらく空想上の美青年が、タイラーの運転する車の助手席に座っている。このディカプリオ似の青年は、孤独に苛むタイラーが作り出した欲望の具現なのかもしれない。

Tyler, The Creator - "Who Dat Boy"

*1:「Foreword」に客演参加している英シンガーソングライターのレックス・オレンジ・カウンティは、自作で「片想い」について、自虐的に(「僕のことを嫌いでも気にしないよ/もし僕が君の立場なら、僕もきっと僕なんか好きにならないからさ」)歌っており、『Flower Boy』のオープニング曲を担う人物としてはうってつけである。

Rex Orange County - "Untitled"

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